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あしあと

    こんな講座ありました(柳生の歴史を学ぶ~史跡めぐり~)

    • 更新日:2014年3月8日
    • ID:4691

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    柳生の歴史を学ぶ~史跡めぐり~ <柳生公民館:2013年11月22日(金)> 

    多くの剣豪を生み出した柳生の里には、柳生家一族ゆかりの史跡が多く点在しています。

    柳生の史跡を巡りながら歴史を学び、それとともに柳生の里の良さも知ってもらう事を目的に開催しました。

    講座の様子

    講座の様子。

    柳生観光協会の岡田 洋さんを講師に招き、史跡めぐりを開催しました。
    当日は少し肌寒い日でしたが、山の木々の紅葉もちょうど見頃で、歩けば体も暖まり、結果、とても気持ちの良い1日でした。

    柳生家の墓所。

    とにもかくにも、柳生公民館を出発し「芳徳禅寺」へ!
    予定にはなかった「正木坂剣禅道場」にも寄って、「柳生家の墓所」へと向かいました。
    柳生宗厳氏(石舟斎)や柳生宗矩氏・柳生三厳氏(十兵衛)ら高名な柳生家の方々のお墓の前で、柳生家にまつわるお話を聞かせていただきました。

    柳生家のお墓の形はとても特徴があります。
    長生きされた柳生俊平氏の墓石は亀の像の上に載っていますし、お酒が大好きだった柳生乏斎氏の墓石は徳利、しかも、線香立ては杯(さかずき)になっていました。
    昨今ではモダンな墓石も珍しくありませんが、当時にしては、とても珍しかったとか・・・。

    講座の様子。

    「芳徳禅寺」の資料室では、柳生新陰流の『月之抄』などの兵法家伝書や袋竹刀、柳生家の家紋ニ蓋笠の入った胴着を見学し、本堂では沢庵和尚や柳生宗矩氏の像を見せていただきました。
    参加者の中には、柳生友矩氏の事を詳しく聞きたいという方もいらっしゃり、岡田さんも驚いておられました。

    一刀石。

    「芳徳禅寺」を後にして、次は石舟斎の剣の鍛錬の場であったとされる「一刀石」へ。
    約7m四方の巨石です。
    岡田さんから、「柳生宗厳氏(石舟斎)が毎夜天狗を相手に剣術修行をし、ある夜一刀のもとに天狗を切り捨てたと思ったが、天狗はかき消え2つに割れた巨石が残った。」という伝説を聞かせていただきました。
    「一刀石」の上の山肌には天狗の小さな像があり、写真を撮る参加者の方もおられました。

    また、「一刀石」の手前にある「天乃石立神社」には、神話の中で高天原で手力雄命(たぢからをのみこと)が天岩戸を開けた時、勢い余ってその扉戸が飛んできたという伝説が残る巨石がお祀りされています。

    その後、柳生里に広がる美しい茶畑を横目に見ながら檜の森の中を下り、「ほうそう地蔵」に行きました。
    室町時代の土一揆によって行われた債務の放棄(徳政)の文が刻まれているとのことです。

    旧柳生藩家老屋敷の内部。

    そして、最終目的地、柳生藩の財政を立て直したという小山田主鈴氏の旧屋敷である「旧柳生藩家老屋敷」に行きました。
    そこで、当時の面影を残す品々を見せていただきました。
    講座が終わる頃には、日も傾き柳生の山里に早い夕暮れが訪れようとしていました。

    参加者の声

    • 楽しめました。
    • お天気も良くここちよく歩け、しかもよい説明もあり満足な一日でした。
     

    余談になりますが・・・。

    一刀石から山道を下ってくる途中、路肩の土が掘り起こされているのを発見。

    野生のイノシシの仕業であることを伝えると、参加者の方々は大変驚かれていました。

    また、猿・鹿・アライグマなども出没するいう話から、野生動物や東部山間地区の現状についての話題に花が咲きました。